コードとスケール編④(古典派作曲家からコードを学ぶ 〜ベートヴェン、ピアノソナタ「悲愴第1楽章」の冒頭を分析〜)
今回はベートーヴェンの3大ピアノソナタの一つ、「悲愴」の第一楽章冒頭のコードを少し見ていきながら、楽曲分析していきたいと思います。
*Sequenced
早速、1小節目から見てみましょう。
一発目にドーンとCmが来ています。7つ音がありますが、結局、ド(赤丸)、ミb(緑丸)、ソ(青丸)の3つ音しかないので、これを団子状に並び替えると(最下段)Cmになりますね。
次のG/Dを見てください。これはシンプルですね。ソ(赤丸)、シ(緑)、レ(青丸)があるのでコードはG、レが一番下にあるのでG/Dとしましょう。
次に楽譜全体を縦に見ていきましょう。(青矢印)
音符全体、右手の段も、左手の段も同じリズムで仲良く進んでいます。一体感がありますね。
縦の次は横を見てみましょう。音符の動きをラインとして捉えます。(赤矢印)
メロディー(一番上の音符)は上方向に、ベース(一番下)は下方向に、それぞれ反対方向へ離れていきます。
離れたと思ったら、メロディーは下へ、ベースは上へ進んで、お互い近づきあいます。
このように、音符のラインが反対方向へ進むことを反進行(Contrary motion)と言います。楽曲を分析する時は、垂直方向と水平方向の2つを見ていきましょう。
次の小節へ進みましょう。
Bdim7/Ebを見てください。左手の段(中段)のミbはBdim7(シレファソ)の中にはありません。これは次に進むコード、Cmのミb(赤丸)からフライングしたような形で先取りしています。*先行音(Anticipation)と言います。コードにはない音を使うことで新しい響きを得ることができますね。
横の流れを見ると、1小節目ではお互い反対方向に進んでいましたが、メロディーは下方向に動いていますが、ベースは同じ方向に進んでいます。(固定されています)
この1小節目と2小節目の違いに「細部の美」が隠されていますね。
3小節目。これまでのフレーズを見ると、どうやらベートーヴェンは下図のフレーズを何回も使いたいようです。
1小節目、2小節目、3小節目もこれと同じリズムが出てきました。このような小さな型のようなものを動機(motif)と言いましたね。ベートーベンはこの型をどんどん使っていきます。
しかし、3小節目後半、少し型をくずして新しいフレーズが出てきました。(赤楕円丸)。何か違う場面に進むようです。
4小節目のBb7(赤アンダーライン)を見てください。ここでは和音らしい和音が出てきませんが、左手のシbがオクターブでドンッ!と置かれています。恐らく、これがルートでしょう。右手の段を見ると、Bb7の構成音がフレーズとしてバラバラに配置されています(赤丸)。これを寄せ集めてきて、団子状にするとBb7が出来上がります(赤矢印)。これはBb7が妥当だと思います。
Tips:
新しいフレーズを使うと、次の場面に進みやすくなります。筆者は作曲に煮詰まった時や曲を違う場面へ展開させたい時は新しいフレーズを召喚します。
5小節目、やはり場面が変わりました。Ebメジャーから始まって、サウンドが少し明るくなりました。
これまでは右手の段も左手の段も、同じでリズムで仲良く進んでいました。しかし、ここからは右手はメロディーを担当、左手は伴奏を担当し、役割を分けています。このメロディー+伴奏という形は一番オーソドックスな形ですね。もう少し全体を見てましょう。
5小節目と6小節目は2つのフレーズで成り立っています(赤丸と青丸)。まるで、「問いかけ」と「返事」のようで、会話しているように聞こえます。
「まだ将来良いことあるかもしれない・・・」という明るいフレーズ(問いかけ(赤丸))に対し、「いやぁ〜やっぱダメだ・・・」という暗いフレーズ(返事(青丸))が答えます。何か悩んでたんでしょう。←元気出支店長
とにかく、音楽的に見ると、ベートーヴェンはこの明と暗のコントラストを巧みな使っています。
7小節目からは先程示した動機の一部を何回も使います。「切り取り」して「貼り付け」するような感じです。同じフレーズを反復することで曲を盛り上げていきます。cresc.(クレッシェンド(「だんだん強く」の意))もつけちゃいます。
9小節目で頂点に達したところでsfp(強く弾いてすぐに弱く)を召喚します。
ところで、9小節目で注目したいのはG7からのAbです。
このG7はたいていCmに進みますが、ベートーヴェンはあえてAbを選びました。では、Cmを選ぶとどのようなサウンドがするのでしょうか?
ふむ・・・別には悪くありません。こっちまで気持ちが暗くなりますね。
では原曲のAbではどうでしょうか?
全然違いますね。CmをあえてAbにすることで、「悲壮感の中に、何か希望の光がかすかに見えた感じ」がします。ここにベートヴェンのきらりと光るセンスが見られます。では、最後の10小節目を見ましょう。
最後、ごちゃごちゃ音符がいっぱいありますが、それでも1つのコードシンボルで表記できます。
10小節後半、半音階(Chromatic Scale)で一気に下ります。半音階は全てが半音で構成されたスケールですが、この半音階はどのコードにも合います。
G7を見てください。この半音階の下降フレーズの途中に和音をぶち込んでいます。この和音、「ソレファ」では和音として1つ音が欠けていますが、ここではG7が妥当と判断できるでしょう。その証拠に、最後の最後、シが登場しますから、このフレーズ辺り一帯はG7のテリトリーなのでしょう。
<おわりに>
曲はこの後、提示部*に入り、激アツな雰囲気になります。しかし、これ以降を取り上げると膨大な量になるのでここで一旦分析を止めることにします。
*提示部・・・ソナタ形式は提示部・展開部・再現部に分けられ、曲の導入部分から展開部までを提示部と言う。
しかし、このたった10小節の中にもブログの1ページを埋めるのに十分なベートーヴェンのセンスが散りばめられていました。この冒頭の10小節、筆者は正直、「テンポの遅いし、長すぎる 」と感じていましたが、きちんと細かく分析してみると、早いペースで曲を展開されていることがわかりました。
コードをテーマとして扱うなら、今回、筆者が注目したい点はG7からAbの流れです。本題ではG7→CmとG7→Abの場合をそれぞれ比較してみました。CmよりもAbに進んだ場合の方がよりサウンドが明るく感じられ、このベートーヴェンの選択に彼のセンスの高さと当時作曲していた心情が読み取れます。コード、和音というのはただ単に「ハモリ」ではなく、「作曲者の心情を伝えるツール」だということを我々はベートーヴェンから勉強させられます。
次回でコードとスケール編は最後にして、モーツァルトのピアノソナタを取り上げようと思います。