転回系の美しさ<メロディーもベースも美しく>
コードとスケール編②<古典派作曲家からコードを学ぶ(ついでに曲アナライズも)〜ハイドン編〜> https://taka-musictheory.hatenablog.jp/entry/2020/02/19/015743 で少し「転回系」について解説しました。今回はその転回系をもっと深く掘り下げたいと思います。
その前に、転回系とは何でしょうか?少し復習してみましょう。
和音の構成音を並び替えることを転回すると言います。また、転回された和音を転回系(inversion)と言います。上図のように、一番下の音を上に持ってくるだけで転回ができますね。例えば、Cmaj7だと、全部で4種類のポジションがあります。
第◯転回系(◯ Inversion)の◯に入る数字は、「何回和音をひっくり返したか」ではなく、ベース、つまりは「一番下の音が和音の何番目の音か」によって決まります。あまり難しい話ではありません。
<基本形(Root Position)>
根音(ルート)が一番下にくる形を基本形(Root Position)と言います。
<第一転回系(1st Inversion)>
3rdが一番下に来ると、第一転回系(1st Inversion)と呼ばれます。
<第二転回系(2nd Inversion)>
5thが一番下にあると、第二転回系(2nd Inversion)になります。
<第三転回系(3rd Inversion)>
そして、(maj)7thが一番下にくると、第三転回系(3rd Inversion)と呼ばれます。
要するに、ベース(一番下の音)が何番目の音か、が重要な鍵となります。
しかし、だから何だ?というのでしょうか?
重要なポイントは基本形とこれら転回系を組み合わせて、より音楽を面白く、美しくすることにあります。転回系を使うメリットは次の2点です。
・和音の重量感を変える
・ベースラインにヴァリエーションを与える
今回、解説する曲はコードとスケール編④<古典派作曲家からコードを学ぶ 〜ベートーヴェン、ピアノソナタ「悲愴第1楽章」の冒頭を分析〜>https://taka-musictheory.hatenablog.jp/entry/2020/02/28/192630で扱った、ベートーヴェンの「ピアノソナタ 悲愴」の第2楽章です。
*sequenced
非常に美しい曲です。しかし、美しいのはメロディーだけではありません。まずは、最初の8小節内で使われている転回系はどこか、探してみましょう。
赤い四角で囲まれたところが転回系です。分数のような形のコードシンボルがそうですね。では、ここで転回系を使わずに、全部ベースがルートの基本形だけにしてみるとどうなるのでしょうか?実験してみましょう。
*sequenced
別に悪くありませんし、所々、良いサウンドがする箇所もあります。しかし、全体的に”重い”印象を与えます。
理論的には間違っていないはずなのに、全部基本形にするだけで曲の質量感が変わってしまいました。
しかし、変わるのは質量感だけではありません。今度はベースライン、一番下の音だけを聞いてみましょう。
全部基本形の場合
時折、同じ音を何回か繰り返していて、変化もなく、全体としてのっぺりした印象です。
原曲の場合
転回系を使うと、ベースラインにメロディーらしさが出てきて、非常に美しいものになるのがお分かりでしょうか?
上図のように、上手く基本形と転回系を駆使することで、ベースラインに2度進行が生まれ、メロディーっぽくなりました。
9〜16小節目の赤い四角内では、アルペジオのようなベースラインに変化しました。メロディーのようなベースラインは一番上のメロディーの隙間を縫うように現れ、双方が絶妙なコンビネーションを作っています。ベースラインはもはや目立たない、影の存在ではありません。
このように転回系を使うことで、和音の質量感を変えるだけでなく、ベースラインに優美さ、甘美さを与えることができるのです。それは、他の音楽ジャンルでも同じです。
*sequenced *大人の事情でメロディーなし
こちらは1944年の映画、「ユーコンの女王」のために作曲された、ジミー・ヴァン・ヒューゼンによる「Like Someone in Love」の冒頭です。
こちらも、転回系と基本形を組み合わせることによって、ベースラインに2度進行が見られます。
*m2=minor 2nd、短2度 M2=major2、長2度
ジャズの大スタンダード、「Waltz for Debby」では面白い使い方がされています。
*sequenced *大人の事情でメロディーなし
いきなり、1小節目からFmaj7/Aと第一転回系(1st position)を発動してきました。これは次のDm7にベースラインを5度進行をさせるだけでなく、冒頭から転回系を使うことによって曲に浮遊感を与えました。さらに、5小節め以降は、第一転回系から第三転回系と基本形を組み合わせることで、半音進行のベースラインを作ることに成功しています。←一つだけ全音があるけど・・・
*h.n=half note、半音 w.n=whole note、全音
<まとめ>
もう一度繰り返すと転回系を使うメリットは
・和音の質量感を変えることができる
・ベースラインを美しくすることができる
ことの2つでした。今回、伝えたいことは転回系の概念そのものではなく、「転回系を使って音楽をより面白いものにする」ことでした。音楽の美術的要素は何もメロディーだけではありません。メロディーだけに神経を使うのでなく、コードやベースラインにも気を使うことで音楽に「細の美」を与えています。特に、ベートーヴェンのピアノソナタ「悲愴第2楽章」は転回系の、最も美しい使い方の一例だと思います。
ベートヴェンのピアノソナタで「全て基本形で演奏された場合」と「転回系を使った、原曲」の場合を比較して、転回系を使うとサウンドが変わるということがわかりました。一方、ラモーは「転回系しても全部同じ和音として扱う」と言いました。(例えば、「Cmajor」をどのように転回しようが、全部同じ「Cmajor」であることには変わらないということ)
*「コードとスケール編①<音楽理論が音楽理論になるまで 〜ラモーが残した功績」>https://taka-musictheory.hatenablog.jp/entry/2020/02/16/063210 参照
しかし、筆者は転回された和音をそれぞれ別の和音として捉えることで、作曲工程において、さらにサウンドの選択の幅が広がる余地がある、と考察しています。
次回は、今まで見てきた「コードとスケール」、「機能」や「転回系」の知識をどのように作曲に応用すればいいのか、(恥ずかしながら)筆者のオリジナル曲を使って解説していきたいと思います。